D−STAR

アナログ音声通信とデジタル音声通信


 アマチュア無線の音声通信にはさまざまな方式があります。中でもAM,SSB,FMはこれまでアマチュア無線に使用されてきた,代表的なアナログ音声通信の方式です。
 AM,SSB,FMモードに使用される代表的な変調方式は下表のようなものです。D-STARでは音声通信に,デジタル音声通信を採用しています。
 このデジタル音声通信とはいったいどのようなものでしょうか? アマチュア無線に使用されているアナログ音声通信方式とD-STARのデジタル音声通信の特徴の違いとして占有周波数帯幅の違いがあります。


通信方式 変調方式 占有周波数帯幅
 アナログ  AM方式  電力変調  6kHz
 アナログ  SSB方式  平衡変調  3kHz
 アナログ  FM方式  リアクタンス変調  16kHz
 (現行のFMトランシーバーの占有周波数帯幅)
 デジタル  D−STAR  周波数変調(GMSK)
 (AMBE CODEC)
 6kHz


 V/U/SHF帯でもっともよく利用されている,アナログFM方式は音声の明瞭度は高いのですが,1波あたり16kHzの周波数を占有します。
 HF帯を中心に,さまざまな周波数で使用されているアナログSSB方式は,電力の利用効率もよく電波もよく飛ぶのですが,周波数のゼロインが難しく,明瞭度もあまりよくありません。
 またAM方式は,50MHz帯より高い周波数帯ではほとんど使用されていません。
 一方,D-STARのデジタル音声通信は,6kHzの占有周波数帯幅でアナログFM方式に匹敵する明瞭度の高い音声が送れ,さらに,音声と同時に画像などの小さなデジタルデータを添付することも可能です。



【デジタル音声通信の特徴】

 デジタル音声通信では,アナログ音声通信にある変調度の変化が非常に少なく,さらにノイズがほとんどありませんし,クリアな音声で交信が楽しめます。
 D-STARトランシーバーには,コールサインなどの情報を設定して,音声データと同時に送信するような機能がつきますので,交信相手局コールサインを指定した「ノイズのない快適な待ち受け受信」が可能です。
 また,前にも紹介したとおり,D-STARのデジタル音声通信では,音声と同時に静止画像などの小さなデータを添付して送信することも可能です。
 このように素晴らしい特徴をもったD-STARのデジタル音声通信ですが,半面,フェージングなどの電波の信号強度の変化に非常に繊細です。これは特に受信限界の信号強度で顕著です。「ノイズ混じりにようやく聞き取ることができる」というような信号強度の変化の場合,アナログ方式では断片的に受信できますが,デジタル通信方式では,符号化された音声信号が完全に受信できず,音声が復調できないケースが多いようです。




デジタル音声通信の仕組み



 デジタル音声通信では,デジタル変調方式で音声の送受信をおこないます。
 上図が,デジタル音声通信の場合のトランシーバーの動作の概略図です。従来のアナログ無線機とD-STARトランシーバーの構成のもっとも大きな違いはCODECのブロックです。
 従来のアナログ音声通信では,アナログの音声信号により,各変調をおこなっているため,このCODECのブロックがありません。
 デジタル音声通信の場合,アナログ音声信号をいったんデジタル信号に直して,そのデジタル信号を使って変調をおこなっているのです。
 たとえばD-STARの音声通信の送信は,マイクから入力された音声信号をAMPのブロックで増幅後,CODECのブロックで音声符号化しデジタル信号に変換します。Transmitterのブロックでそのデジタル信号をGMSK変調し必要な電力まで増幅して出力します。
 音声通信の受信は,アンテナから入力された受信信号がReceiverのブロックでGMSK復調され,復調されたデジタル信号を,CODECのブロックで元のアナログ信号に復元し,AMPのブロックで増幅後,音声がスピーカーから出力されます。


●符号化した音声はどうやって送るの?


 D-STARトランシーバーは,AMBE方式で符号化した音声信号をGMSK方式で変調して送信します。音声系通信のパケットは下の図のようになっています。

無線部ヘッダ
データ
ビット
同期
フレー

同期
フラグ1 フラグ2 フラグ3
ID

PFCS

音声
フレーム
データ
フレーム
音声
フレーム

データ
フレーム

……
音声
フレーム
ラスト
フレーム
送り先
レピータ
コール
サイン
送り元
レピータ
コール
サイン
相手局
コール
サイン
自局
コール
サイン1
自局
コール
サイン2
64bit
15bit
1byte
1byte 1byte
8byte
8byte
8byte
8byte
4byte 2byte
72bit
24bit
72bit
24bit
72bit

48bit


●ビット同期 入力信号の同期をとるためのビット同期信号
●フレーム同期 これより信号であることを表すフレーム同期信号
●フラグ1 このヘッダの意味づけをしています。レピータ経由通信/直接通信,レピータ制御信号等
●送り先レピータコールサイン アシスト局で中継したとき,最終目的地のレピータコールサイン
●送り元レピータコールサイン D-STARトランシーバーが属しているレピータのコールサイン
●相手局コールサイン   
●自局コールサイン   
●フラグ2 通信プロトコルのバージョン情報等
●P-FCS この無線ヘッダ部が有効かどうかのフレームチェックシーケンス

 無線ヘッダ部の後のデータ部は,AMBEで20msごとにデジタル化された72bitの音声フレームです。その後の24bitのデータフレームは,小さな静止画やメモ等を音声と同時に送ることができる構成になっています。この繰り返しの後,送信の最後にはラストフレーム(48bit)が付加されて,送信の終わりがわかるようになっています。
 データ部のフレームには,「音声フレームとデータフレーム」の繰り返し20回に1回,同期信号を入れることになっています。これはフェージング等によって通信の途中で信号が途切れると,受信側で同期がとれなくなって再生不可能になることを防ぐものです。


【CODEC(音声符号化方式)とは】
  • ACELP(Algebraic Code Excited Linear Prediction)(ITU G723.1)
  • AMBE(Advanced Multi-Band Excitation)
  • VSELP(Vector Sum Exited Linear Prediction)
  • CELP(Code Exited Linear Prediction)
  • RELP(Residual Excited Linear Prediction)

各音声符号化方式のMOS評価
 音声をデジタル化するCODEC(音声符号化方式)については,上の図に示すようにさまざまな方式があります。D-STARのデジタル音声通信では,当初はITU勧告G723.1(ACELP)の採用を検討していましたが,最終的には占有周波数帯幅が非常に狭帯域にできるアメリカのDVSI社で開発されたAMBE規格を採用しています。
 AMBE CODECは,それぞれの音声のセグメントを明確な周波数帯に分けて,それぞれの周波数帯に対する音声/非音声を決定し符号化,復元時には音声合成の技術を利用して,特定の音声セグメントに対するエキサイテーション信号を音声およびノイズにミックスして音声を復元します。DVSI社で開発されたAMBE方式のCODECは2.4kbpsという非常に低い変換速度ですが,ビットレートが低くても音質は良好です。
 D-STARでは音声の2.4kbpsと同時に送れる短いデータ2.4kbpsを合わせて4.8kbpsで送ることになっています。写真はD-STARトランシーバーに使用しているAMBE CODECの処理用ICです。
 なおこのCODECを使うと,変換速度2.4kbpsのビットレート時には,GMSK変調でも占有周波数帯幅が約2.6kHzとSSB並の狭帯域にすることができ,HF帯でもデジタル音声通信が可能です。





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