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お天気もまぁまぁの建前日和である。一昨日からの準備の時と同じくお神酒などで神事をしている最中に、大工さん達と「あれはなんだぃの、きのう帰る時にはねぇーかったねかのぉ」「無線のアンテナをつける鉄塔らいの」などと話しているのを聞きつけたカミさんが 「私も来た時見てたまげたいの、どうゆう人らろうのぉ」と。(あーぁ、工作室の後遺症はナカナカ治らないなぁー)
まだ紹介していなかったが、我家の仮住まいは倅は燕市のアパートに、カミさんと娘は見附の町なかに一軒家を借りて、母親は残した6帖一間の旧宅に、私は宅地入り口の車庫にと分散して、それぞれ久しぶりの勝手気ままな生活を楽しんでいた。
頼もしい我が兄弟達や親戚も見舞いに駆けつけてくれており、10時の一服をはさんで建前は順調に進行して行った。「そろそろ昼飯の準備をするすけぇ手伝いしてくれやぁ」と兄弟達に声を掛け、車庫の中にコンパネを敷いたり日除けのシートを張ったりしていた。
「ここん家の娘はどうしたや、仕事を休ませんかったんだかや」「昼飯に間に合うように頼んであるて、料理も来る頃だし そろそろ来るろうゃぁ」
ポケットの携帯電話が震えた。「ミツモトですが?」「ぁ〜私だけど・・ジコッタて」娘からだ。
「なーしたってえー!! ケガは・警察は・!!」またまた大事件である。あとを兄弟たちに頼んで事故現場へ向かった。「(あれだけ良くお祓いしたのにな〜ぁ)」現場の交差点に着いてみると、なんと、うちの車の前部はペッシャンコ。相手の車はとみれば、背の高い道路標識に逆立ちして乗っかっているではないか。
少し離れて家の娘と相手方の女性が、手や足を押さえて座り込んでいた。「だいじょうぶか?救急車は?」「私が呼びました、もう来るでしょう」と後ろにいた男性が声を掛てくれた。救急車の二人を送り出し、現場検証や車と飛び散ったガラス片をかたずけて病院に行ったら幸い二人共軽症であった。

娘を連れて帰った頃には昼飯はとっくに済んでおり、取りあえず大工さんや親戚に抜け出た事を詫び、ようやく昼飯にありついた。ふと裏を見ると午前中ピカピカ光っていたタワーのマストがくすんで見える。空模様が怪しくなって来ており、案の定、3時の一服が終わった頃からポツリポツリと雨が降り出してきた。「今日は大降りしねーぃしぃ、雨降って地固まると言うねかぃの」と大工さんがいう。一人また二人と町内の人たちが歩いて来られる。周りを見渡すと、庭木の陰や小屋の軒下に大勢の人達が来てくれている。「今日は有難うございます」とお礼を述べながら 、餅まきの準備にはいった。
屋根の中ほどに臨時に設えた祭壇に、お神酒や餅やお菓子などを供え、親戚の男衆からも屋根に上がってもらって棟上式の開始である。頭領の祝詞の後、拍手を打った私が屋根の四隅にお神酒を奉げ、最後に裏のタワーに向かい捧げる真似をした。米山隅の餅を持ち号令をかける。「ヨォーシ!まくれーえ」用意した餅やお菓子が一斉にバラバラと蒔かれ、これを待っていた人達が波の如く右に左に一斉にうねっていた。

その後約6ヶ月で入居の運びとなりました。関係者や支援して下さった大勢の皆さんに、家族一同心より感謝申し上げます。
タワーが建ってから一年半、いまだカラスも止まれない状態ですが、カタログを見ながらもっか検討中です。近いうちにANT工事が出来るようにと考えております。
当初こんな長期連載になるとは思いもしませんでしたが、下手な投稿にお付き合いいただきまして誠に有難うございました。 〜おわり
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