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現会長 JH0HZF 大関 幸雄
今回の会報をもちまして、堂々の100号発行となりました。とても意義深いことだと思っています。 とにかく会報作りは、大変なんです。見栄えを良くしようと写真をとるんですが、ピンぼけで原稿に使えなくてあてがはずれるんですね。そして取材のときは、正確な数字が必要になってきます。メモ取りは当然。それも後のことも考えてわかりやすくメモしておかないといけないわけです。なんだったかなぁでは記事にならないですから。そのうえ自分の原稿だけでは、会報全体が、自分の日記のようになってしまうんですね。これじゃまずいので、どなたかに原稿を依頼するのですが、これがまた思うように話が進まない。仕方なくよそのクラブ報の記事を、そっくり転載したこともありましたね。私が作っていた頃はぼろぼろだったですよ。よそのクラブ報が羨ましく思われたものです。 そんな流れの中、今ではベテランのスタッフにより完璧なまでの仕上がりをもって作られた会報を、なんと戸別配達までも受けもたれておられるということで、本当に頭の下がる思いです。まったくのボランティアなのであります。晴れの日ばかりではないですね。雨の日や、雪の日、風の強い日、寒い日や、反対に真夏の暑い日など配達時の気象条件はさまざまであり苦労がしのばれます。 今日はパソコンなどを通じさまざまなコミニュケーションツールが発達してきていますが、全クラブ員をつなぐのは昔も今もこの会報のみであります。このような努力の集まりでできた、この会報をこれからも末永くよろしくお願いいたします。
元会長 JA0KOD 長藁 勝身
まずは100号の発行に際し感謝とおめでとうを申し上げます。 当時を思い出しますと、会長のJA0ATE加藤さんがクラブの運営を一手に引き受けられ活躍されていました。私も仲間に入れていただき楽しんでいた矢先若くしてサイレントキーされてしまいました。
その頃のクラブは会長の多忙でブランクがあり、ミーテングも少し遠ざかっていました。OMからの要望もあり、会計を任されていたJA0DRO三本さんと存続か廃部するかの検討を数か月に亘り行いました。止めてしまうと再開が非常に大変という結論に達しました。 それからが大変でした。・・・第一歩は会員を募集することから始まり、当時の分厚い局名録を頼りに見附市内及び中之島村(当時)に所在し開局されている方全てに、ハガキのDMを差し上げて見附クラブの入会PRを行いました。確か150人位あったと記憶しています。それから二十数年、早いものですね。 これも一人の力でかなえられるものではありません。記事の少ない中ご苦労も多々あったことと思います。ありがとうございました。先の200号を楽しみにしています。 最後にJH0YXLの発展と会員各位のご活躍を心より祈念申し上げます。
前会長 JA0QLX 池田 智明
クラブ報100号おめでとうございます。 『継続は力なり』と言いますが、これも会員の協力なくしては達成出来なかったものと思います。ねたの少ない中会報作成編集いただいた方には大変ご苦労様でした。 小生、途中より入会させていただき今から思えば楽しい想い出となっており水道山の家、山の家、大平林道での設営オンエアー、宴会等懐かしく思い出されます。当時から思えば最近の情報化社会の発展は目を見張るものがありますが、逆に携帯の発展による影響で空が寂しいのは残念でなりません。今は休眠状態ですが、いつか復活したいと充電中です。 次は200号達成までみなさんで頑張ろうではありませんか。少なからずお手伝いをさせていただきたいと思います。 最後に見附クラブ発展と会員各位のご健康を祈念申し上げます。
元会報編集長 JH0ANU 土田 信治
私が見附アマチュア無線クラブに加入したのは58年3月の再出発集会からである。仕事の関係で以前から顔見知りだった長稾会長から会報担当に指名され、断り切れずに引き受けたものの何をどうすればよいのか見当もつかなかった。 ともかく受けたからには発行しなければならなということと、年に4〜5回でニュースを拾うのは無理だから記録を残すことを意識しようと考え続けてきたが、号を重ねるうちに「これ、前に同じようなこと書いたような気がする。」ことが多くなった。いうところのマンネリであり、自分の引き出しの数も中味もなくなってしまったのだ。 何代も続いた老舗の主人や伝統芸能の役者さんの「先代と同じことをやっているだけではダメ。新しく加える創意工夫があって伝統が守られ受け継がれる。」といった意味の話を聞いたことがある。我がクラブも我がクラブ会報も新しい人を得て、新しい創意工夫を加えながら長く続くことを期待している。
追伸 最近知ったことだが、昭和58年以前にも会報が発行されていたということだ。できることなら見てみたいものだし、我がクラブの歴史として改めて記録にとどめ受け継いでいきたいものだ。
会計担当理事(会報総括) JA0DRO 三本 文夫
クラブ再編成を果たしてからの会報もついに100号の大台に達しました。これまで会報編集にかかわって来られた担当者に感謝申し上げます。 たまたま私も当時より会計担当をおおせつかったり、はやくから職場にコピー機が入っていたこともあり、会報印刷や配布の手伝いをしてまいりました。 ミーテングなど行事案内の部分や、お知らせ版などの記事を担当したこともありましたので、会報編集の大変さ難しさは良くわかります。(私自身、文章を書くことは大の苦手であり、原稿応募の実績は殆どありません。)原稿募集案内にもあまり応募のない中で、エンピツ子さんから現在担当の編集子さんまで、歴代の編集者には大変なご苦労があったと思います。 記事のマンネリ化など担当者としてのジレンマも多々あるとお聞きしておりますが、クラブ員は形はどうあれアマチュア無線が好きで集まった面々。これを基本に、Eメールとは一味違う紙ベースによるクラブ報が、200号300号と続くことを願っています。
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