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JA0KR小川さん、石黒が今、小川さんとの思い出を見附クラブの会報に書くことになるとは思いもしませんでした。
3月27日、見附クラブの役員会で新年度の総会日程、次期会長人事など打合わせが終わり、楽しく懇親会で酒を酌み交わし元気だった小川さんが、30日に急に永眠されるとはとても信じられませんでした。
思い起こせばJA0KR小川さんとお会いしたのは私がまだ高校生、小川さんが20代の青年、50年も昔になります。私もアマチュア無線に興味を持ち長岡クラブに入れていただき、東京から仕事の関係で長岡においでになっていた大先輩のJA1PK、JA1AEQ阿部ご夫妻宅へ遊びにおじゃましてご指導を受けていたころ、時たま阿部さんのところでお会いしたこともありました。
社会人になり仕事の関係で長岡を離れたり戻ったり、転勤で昭和57年見附勤務になり見附に住居を求め、趣味のアマチュア無線のアンテナをあげることができ、見附クラブに入会しましたら30年ぶりに小川さんと再会しました。以来20年余り、楽しくアマチュア無線を通じお付き合いをさせていただいておりました。
小川さんとの楽しい思い出は数多くあり、役員会、クラブの総会、栃尾クラブとの交流会等で楽しくアルコール変調、VHFコンテストの見附クラブ5連覇達成、米山登山と移動運用、等数多くありますが、特に思い出として残っているのが2人で参加できた第6回国際アマチュア無線連合アジア・オセアニア地区ARDF選手権大会がJARL主催で新潟県阿賀野市において2005年9月19日〜24日まで開催され、審判員として参加できたことです。
小川さんもこのことがアマチュア無線をやっていて一番思い出が深かったと話されていました。小川さんが愛したアマチュア無線と見附クラブ、私も愛して行きたいと思っています。
さようなら小川さん。 心 安らかにお眠りください。
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