| 2003年11月 第97号 見附クラブの歴史 第一部
JA0KR 小川 利夫
戦争によりアマチュア無線が禁止され、終戦後再開されたのは昭和27年7月29日からです。
それまでは短波のSWL活動だけでした。そのような状況のなか新潟県全域の新潟クラブが昭和23年に結成され、長岡でも長岡クラブの前身NARC(長岡アマチュアラジオクラブ)が28年7月21日誕生しました。(当局は28年10月25日同会員)
見附市内の最初のハムは南本町在住のJA0JL小玉幸夫氏と当局です。昭和33年8月24日電波監理局の落成検査を共に受け、翌日から本免許のため午前零時から市内同志の初交信を樹立しました。
周波数 7MHzA3 RS 59-59 送信機 807 6CA7PP・SG同時変調 クリスタルマイク
受信機 5球スーパー アンテナ 竹竿ウィンドム
その後市内の局も次第に増え、見附市内の仲間が相談して移動公開実験を実施。そのきっかけで38年12月15日から見附クラブが発足し活動を開始しました。初代会長はJA0ATE加藤氏を選出。任意組織のクラブからJARLの地域クラブとして認定されたのは45年9月のことです。また、クラブ局としてJH0YXLを開局。JA0VHFコンテストに五期連続優勝などの偉業を達成しました。その後フィールドデーコンテストに転進し、毎年好成績を挙げています。
最近では、新潟県支部初のメーリングリスト創設、クラブホームページ開設、レピーター局開局、クラブ員の諸コンテスト優勝等めざましい活躍ぶりです。
昔のことを振り返りながら、当時のメモを頼りにクラブ発足と履歴の概要を調べてみました。
箇条書きながら40年分は量が多いので第一部を平成元年までとし、第二部は次回クラブ報でまとめてみたいと思います。
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